CROSSOVER− 遥 −

 なんでこんなことになるの……全部この力のせいよ!
 ああ、もう、とにかく逃げなくちゃ!!あたしは暗がりの中をひたすら走って逃げていた。
 追っ手の声が聞こえてくる。
「そっちへ行ったぞ、追え!……ただし、あまり手荒な真似はするな!多少は仕方ないがボスにとっては大切な娘だからな。必ず捕まえろ!!」
……何が大切だっていうの?あたしの力が欲しいだけじゃない!!
 あたしの人格なんて無視してるくせに……。もう耐えられない!あんなところにいられない!!!
 暗い中を闇雲に走っていると、目の前に大きな建物が見えてきた。おそらく科学研究所に違いない。
 ここらへんで大きな建物といったらそれしかないはずだから……。
 とにかくここへ隠れよう。そう思い警備室のほうへ向かい走りこむ。
 警備員が何事かと出てきたので、その目を捉えあたしはここの研究員だと偽の記憶をとっさに植え込む。
 一瞬ぼうっとしていたが、すぐにどうぞ……と通してくれた。
 何事もこれで切りぬけてはきたものの、あいつらには力が通用しない。
 何か力を遮るものを身につけているらしい。



 暗い通路を通り、いくつもの部屋を抜けると奥に変わった部屋があった。
 何故か誰も人がいない。今日はたまたまいないのか……ともかくそこまで辿りついてしまった。
 そしてあたしはそれを見つけてしまったのだ。『真白の月』を……。
 この研究所は小型の時間転移装置を開発していることで有名だったが、その通称が『真白の月』という。由来は丸い形と白い光を発するから……ということらしいが、くわしいことはわかっていない。
 あたしはそれを手にとって眺めてみた。これを使えば時間を超えて何処へでも行けるんだ!
 そう思うといても立ってもいられなくなり、思わず時間をセットし始めていた。
『2003/04/03 AM1:00』ちょうど今から350年前にセットした。
 何も根拠はなかったが、ただ何となく過去へ行ってみたくなったのだ。
 あたしが生まれる前の時代に行きたかっただけだ。
 スイッチを押そうとした時、バタバタと足音が聞こえてきた。
 追っ手か?……ちょうどいい。目の前で消えてやる!
 男達がばたばたと部屋に走りこんできた。暗くてよく見えないが少々手荒なこともあったらしく怪我をしているものもいるようだ。まああたしの知ったことじゃないが……。
「もう逃げ場はないぞ!ボスのところへ帰るんだ!さあ、こっちへ来い!!」
 リーダー格の男があたしに向かって叫ぶ。でもそんなこと知らない。
 もうあたしは逃げる手段を手に入れてしまったのだから……。
 にっこりと微笑んで一言告げる。
「さようなら……」  真白の月のスイッチを入れると、機械音が鳴り始めしだいに白い光を放ち始めた。
「何?!……まさか、真白の月か?!…待て!!!」
 男が気づき走り寄ろうとしたが時すでに遅く、あたしは全身を光に包まれていた。
 最後に見えたのは呆然とした男の顔だけだった。



 しばらくは眩しくて目を開くことができなかったが、少しだけ見てみたいという好奇心が働き、無理矢理目を開けて辺りを見てみることにした。
 相変わらずあたしは白い光に包まれていたが、周りの景色がいろんな世界を駆け巡るように入れ替わり流れては消えていく。
 そんな不思議な光景が続いている。まるで空間を漂っているようなふわふわした感じだ。
 そうしていつのまにか真っ暗な場所に立っていた。どうやら公園のようだった。
 時間を真夜中にセットしたため人影もなく淋しい雰囲気だったが、朝まで公園で過ごすことにした。どのみち追っ手はもうあたしが何処にいるのかわからないはずだから、ゆっくりしても良いだろうと思ったのだ。
 真白の月をそっと袋にしまいこみ、しっかり胸に抱えこむ。
 これはこの時代にあってはならないものだ。だから、誰にも見られてはならない。
 あたしは公園のベンチで横になり仮眠をとることにした。ちょっと堅くて痛かったが明るくなってからでないとどうにもならないので我慢して眠る。



 何時間か経ち、辺りが明るくなる頃、あたしは目を覚ました。
 公園にあった時計を見ると朝の6時頃だった。  わんわんと犬の鳴き声が聞こえてくる。どうやら近づいてくるらしい。
 とりあえず起きあがりベンチへ座り直す。ほどなくしてひとりの少女と子犬が公園へ走りこんできた。
「もう、ラグゥったら早過ぎるよ。もう少しゆっくり走ってちょうだい。
……あら、誰か先客がいるみたい」
 少女があたしに気づく。視線が絡み合った瞬間、少女に囚われてしまう。
 とても愛らしい雰囲気のかわいい少女だったが、それだけでない何か……不思議と心惹かれるものがあったのだ。
 とても懐かしいような……どこかで会ったことがあるような……そんな感覚に囚われていた。
 そうしてあたしは無意識のうちに少女の記憶を探り始めていた。
……名前 西野 由良(にしの ゆら)、17歳、高校生。……少女の周りの事なども見えてくる。隣に住む桐生夫婦には子供がいない。由良をかわいがってくれる。
 両親と由良と子犬のラグゥで一軒家に暮らしている。
……いろんなことが見えたが、隣に住む夫婦が気になった。……そうだ!桐生家の子供になろう。
 あたしは由良の記憶の中へ偽りの記憶を埋め込み始める。
 あたしは桐生 遥(きりゅう はるか)、由良の隣に住む幼馴染。小さな頃からいつでもいっしょにいてとても仲が良い。同じ高校へ通っている。同い年の女の子だ……と。
 捉えていた目をすっと逸らすと、由良は目をぱちぱちさせてしばらくぼうっとしていたが、あたしのことを見てうれしそうに話しかけてきた。
「遥!珍しく早起きね。……どうしたの?何かあった?」
「ううん。何もないよ。たまたま目が覚めたからちょっと散歩してただけ」
「そう。じゃあ、いっしょに帰ろう!」
「うん」
 あたしは由良だけでなく、桐生夫婦と由良の家族にもその日のうちに記憶を植え付けた。
 真夜中、皆が寝静まる頃にはもう少し半径を広げてあたしのことを記憶させた。
 意識を持っているうちは目を捉えてないとやりづらいが、眠っている無意識の状態であれば何人もの人の記憶を簡単に操作することができるのだ。
 そうしてあたしは桐生 遥として暮らし始めた。
CROSSOVER− 由 良 −

 あたしたちはいつでもいっしょだった。それは幼い頃からずっと……。
 だからそれが崩れる日が来るとは思ってもみなかったのだ。あの日までは……。



 あたしたちは高校生になってもいつも仲良く遊んでいた。同じ高校へ行き、家が隣同士のためいつだっていっしょに行動していたのだ。
 いつものように遥(はるか)の部屋へ遊びに行ったあたしは、遥がトイレに行ってる間にある物を見つけた。
 それはちょっと開いていた引出しから何かが反射して見えたので、いけないかな……と思いつつもつい手を伸ばしてしまった時のことだ。
 袋に入っていたが、少しはみ出していたのでそれが反射していたらしい。
 取り出してみると、それは見たこともない小さな手の平くらいのサイズの丸い機械のようだった。
 ウォークマンなどではないなと思ったが、使い方がさっぱりわからない。
 しばらく眺めていると、遥が帰ってきてしまった。とっさに戻そうとしたが間に合わず遥に見られてしまう。遥はあっと声をあげて、それをあたしの手から奪うように取り上げた。
 あまりに珍しい遥の行動にあたしはびっくりして声も出ずにいたが、ここは謝らないと……と思い、ごめんと素直に謝った。遥はちょっと悲しそうな表情をしてふぅ……と息を吐いた。
「もう、いいよ。……見られちゃったんだね……」
「あの……ごめんね。何か光って見えたからつい……本当にごめん……」
「ううん。ちゃんとしまっておかなかったあたしが悪いんだよ。
……でも見られてしまったからには由良(ゆら)にはちゃんと説明しないといけないね。
……それが未来人としてのあたしの義務だから……」
 は??今何て言ったの??何かよくわからないことを言ったような……。
 不思議そうな顔で見るあたしに遥はとんでもないことを話し始めた。
 それはあたしが想像できる範囲のことではなく、ただただ驚くことしかできない話だったのだ。



「あのね、あたしは今の時間から考えて、約350年程未来から来た未来人なの。
 あたしには特殊な能力がもともとあって……
 それが原因で過去へ逃げることになってしまったのだけど。
 ……あたしね、生まれた時からまわりの人の記憶をコントロールする能力があるの。
 ……幼い時からいっしょにいたというのも、あたしが植え付けた記憶なのよ……ごめんなさい!!
 ……ここへ来た時初めて見かけたのが由良だったの……。
 あたし、由良を見たとたんとても懐かしいって思った!何故かはわからないけど、そう思ったの。
 ……だから、どうしても由良の側にいたくて、今の両親や由良たち周りの人にあたしの嘘の記憶を植え付けたのよ!!……騙しててごめん!!!」
 遥の話を聞きながらただ呆然とするあたしに遥は深く頭を下げたが、それでもあたしには何が何だか理解できずにいた。
 身動きすらできず、ただ遥を見つめることしかできない……。
「……由良に初めて会ったのはほんの二ヶ月前のことなの。
 それまでの記憶は全てあたしが作ったもの……。でもあたしは本当に由良のことが好き!
 今の両親もあたしを本当にかわいがってくれるから……大切なの。
 未来ではあたしの能力が悪用されそうになったの。だって人の記憶をコントロールすれば一国だって動かせるものね……。でもあたしは嫌だった。だから逃げ出したの。
 ある組織に追われていたら偶然、時間転移装置のある研究所へ迷いこんでしまって……。
 そこでこの機械を見つけてここまで逃げて来たのよ……」
 時間転移……装置???って何??つまりはタイムマシンみたいなもの??
 まるでSF小説の世界みたいじゃない!そんなの。
「……本当なの??今言ったことみんな……あたしの記憶は全て嘘だというの……?」
 ようやくそれだけ口に出すことが出来たが、とても苦しかった。
 どうしても認めたくなかったからだ。遥が幼馴染ではないという事実。そんなの……信じられないよ!!
 嫌だ!!認めない!!!……そう思った瞬間あたしの中で何かがはじけとんでいた!!
 あたしの中、深くに眠っていた力……それが知らず知らずのうちに暴走し始めたのだ!!!
 もう何も見えなかった。ただあたしは渦の中心にいて他には何もない。
 意識さえもとんでしまいそうになった瞬間……
「だめっっ!!!由良!!!意識を自分に戻して!!!世界を巻き込んではいけない!!!」
 突然遥が叫びながらあたしを抱きしめた。あたしは遥のぬくもりを感じて自分の意識を取り戻した。
 急速に力が弱まりあたしの中に戻ってくる。……あたし、今何をしていたのだろう?
「由良……あなたの中にはあたしと同じような力が眠っていたのね。だから惹かれたんだ。
 でも、あなたには辛い思いをさせたくない。だから、力を封印していくね。
 力は何も生まない。それはあたしが経験してる。あたしのことも全て忘れて平穏に暮らして……」
 遥はそう言うと、あたしの目を捉え、あたしの意識の中に入って来た。
 あたしは眩暈がしたが、何も逆らわずただなすがままだった。
 体力を消耗していたため抗えなかったのだ。
 そうして、あたしの中に力は封印された。あたしをベットに横たえると遥は未来から持ってきた機械を両手に持ち、白い光に包まれて何処へともなく消えてしまった。
 あたしは軽く目を閉じ、いつのまにか眠っていた。
 目を覚ますと、心配そうな桐生さんの奥さんの顔がありちょっとびっくりした。
「あれ?何であたしこんなところに……。」
 ぼうっとしながら起きあがると、奥さんが心配そうな顔で言った。
「由良ちゃん、突然家の前で貧血を起こして倒れてしまったのよ。
 まだお母さんも帰って来られないし、そのままではいけないと思って家へ運んだの。
 目を覚ましてくれて安心したわ。もうそろそろお家の方も帰ってくるだろうから、送ってくわね。
 今日は早く休んだほうがいいわ」
「……はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀をして、身支度をし、家へと帰る。すでにお母さんが帰ってきていたため奥さんが事情を説明してくれて、そのまま部屋のベットへ直行となった。
……何かが釈然としないな。よく思い出せないけど、あの部屋に他の人がいたようなそんな気がする。
 結局思い出せないまま眠ってしまったが、夢の中で誰かが笑いかけていたような気がした。
 でも、顔を思い出すことはできなかった。ただ側にいると幸せなような……感覚だけが残った。

この小説の著作権は翡翠の森の管理人である『翡翠』さまに帰属します。
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